« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

7月 22, 2010

「もしドラ」と「もしもウサギにコーチがいたら」

「もしドラ」が100万部を超えたそうだ。
(「もしドラ」=もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)

まぁ、このように「?」と思うような意外性のあるものは「気になる」。

販売手法としては「あり」ですね。とにかく売れることを考えないといけないし、100万部も売れれば中には「つまらない」と言う人もいるかもしれないが、多くの人にそれなりに役に立つはずだから。

先日、ウチの娘が「かながわサイエンスフェア」に行ってきた。あとでよくよく内容を聞いてみると「かながわの工科大学フェア」だったそうだが、最初からそんなネーミングだったらきっと行っていいなかったと思う。
結果として内容には満足していたようだから主催者側のネライはあたっていたのだと思う。

昔、エッセイというか「現地レポート」的なものを書いて、それなりに原稿料をもらっていたひとに「読み手の期待を探って、読み手が喜んでくれるようなものを書く努力をした方が良いよ(自分の思いついたことだけ書いていればいいというものではないよ)」と言ったら、絶交されてしまったが、数回に1回は読み手(最近なら「検索キーワード」)を意識したタイトルやコンテンツを考えるべきでしょう。

「ちょっとタイトルが気になって読んでみたら役に立った」が良いですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

7月 04, 2010

慶應義塾大学英語會(K.E.S.S or KESS)

<ご案内:1978年の四大ドラマの模様 http://www.youtube.com/watch?v=GDZtX4Ce7uI>

私にとっての表題は「慶應義塾大学英語会(KESS)」である。

30年前はそうだったのだが、いつの間にか英語会が英語會になり、KESSがK.E.S.S(最後はピリオド無し? 2010年のホームページはK.E.S.S.になってるけど2006年のものは最後のSにはピリオドがつかなかったり)になったり。
まぁそれは良しとしよう。企業だって時代とともにそのロゴが変わることはある。

問題は風のうわさに聞こえて来るその活動内容だ。

我々(1970年代~1980年代初頭)にKESSで青春を謳歌した連中はいまだに年に数回それぞれのホームで集まって飲み会なり勉強会なりを開いている。
 そうした中で「やっぱりKESS同士で結婚した人たちは良いなぁ(共通の話題がある)」とか思うし、多くの人が自分の子供は慶應に進学してもらい、慶應に入ったらKESSに入ってもらいたいと思っている(そういう連中が集まって飲み会をしているのも事実だが)。

必然的にKESSには二世部員、中には三世部員も居たりするのだが、どうも最近の活動は30年前のそれとは違ってきているらしい。

30年前は高度経済成長とバブル前夜という、「大学は入ってから一生懸命に遊ぶところ(社会人になったらモー烈に働くので、学生時代にまとめて遊ぶところ)」であった。
多くの連中がテニス同好会とかでチャラチャラしている中で、英語会は「体育会英語会」と言われるほど(何らかの大会に向けての)練習を自主的に厳しくやっていた。(もうすこし説明すると、「英語会」という組織が決めた決まりにそって一生懸命にやっていたのではなく、個人個人が英語会という場を通じて自己実現していた)

だが、伝え聞くところによると、その厳しさが最近は形式的になっているようだ。
自主的なものから「厳しさの形をつくり、それに自分たちを押しこめる」(⇒一種の宗教儀式的) とのこと。

ある程度統制が取れているのはハタから見ていても気持ちの良いものであるが、統制が取れすぎていると北朝鮮のように見えてしまったりする。

学生生活は社会人への予備的な時間でもあるが、本来「学問」をする場であり、あくまでも各人が自主的に自己研さんする場だと思う。

私がKESSでセットを作っていたときには週に3回家庭教師をしながらやっていた。
親には学費と通学定期代だけ出してもらい、その他の交通費や・小遣いは全部自分で稼いでいた。私は自宅通学だったが、下宿生活していた連中もアルバイトしたりして、小遣いを稼ぎながらも一生懸命にKESS活動をやっていた。

最近の英語會はアルバイトも禁止?  これ以上親に負担をかけてどうしようと言うのだ?  そして大学4年間でちゃんと成果をあげているのか?
数値目標的には卒業までにTOIC900点を目指す、とかあっても良いよね。

新入生は日吉での活動を通じて「ヒヨコミ(日吉コミッティー)」を知り、「2年生になったらヒヨコミに入るぞ!」と息ごむ。もちろん、その次のステージはミタコミであり、中コミ(中央コミッティー)である。 当時は中コミのメンバーは実業界からも注目されていて、私の前後の世代の人たちはいまどき超大手の銀行の役員になっている人もたくさんいる。  要するに、「中コミになりたい人がたくさん居た」。 今みたいに「中コミが決まらないからオール慶應が開催できない」なんてことは考えられなかった・・・

塾生さんたちは、もう一度自分の人生を設計し、その中で英語會に何を期待し、何を得ようとしているのか、よ~く考えて欲しい。

KESSの恒久的ホームページがいまだに作ることが出来ないのはOBがちゃんとしていないからで、これは申し訳ないと思っています。

私の夢はKESS基金を作って、OBOGが毎年少しずつ出し合い(一人年間1000円、各学年50人、それの30年分だと年間いくら?)、ご両親や現役の人達の負担を軽減しつつ、本当にビジネス社会で使える英語を身につけ、なおかつ、大学界において全世界から一目置かれるKESSという組織体(現役もOBOGも)を作ることである。 基金をもとに恒久ホームページを立ち上げ、各学年のページを作り、そこにOBOGが集う。 (まァ、既存のSNSを間借りしてしまうのが手っ取り早いかもしれないが) 現役世代よ、目を覚ませ!

2016年4月17日
慶應の新入生歓迎、勧誘のやりかたは昔とは違って随分システマチックになっているようだ。
KESSのすごいメリットの一つに、現役の社会人に色々と本音を聞くことができる、という事だろう。
なんせ、慶應出身で英語が出来る、といえば、だいたいどこでも就職できる。もちろん、超難関、ものすごく競争の厳しいところもあると思うが、現役のみなさん、そして新入のみなさんに言いたいのは、会社(社会)は大学受験とは違う、偏差値ではない、ということだ。
(ちなみに「偏差値」という言葉を世に広めた桑田昭三さんは私の先輩のお父さん)
私の同期はちょうど55歳~58才くらいで、就職した会社から関連会社に移籍したり、早期退職して第二の人生を歩み始めたりしたひとが多い。
いまだに年に数回10人程度で集まって飲んでいる。時にはホームはセクションの壁を越えて集まっている。
我々としても現役の人たちに伝えたいことは山のようにある。
連絡ちょうだい!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »